教会案内をご覧になるひとときに、この教会が立つ街にふと吹き抜ける京の風を感じてみませんか。
このページ「京のひととき」では、やわらかな京ことば、四季折々の食やしつらえ、町のあちこちに息づく文化、そして通り名や地名に込められた物語を、ひとつひとつ丁寧にご紹介してまいります。
忙しい日常の中で、少し立ち止まり、心を静めるひとときとなるように。
そして、この京都という地に流れるやさしさや奥深さに、そっと触れていただけたら幸いです。
どうぞ肩の力を抜いて、「京のひととき」をお楽しみください。

⬇︎ ⬇︎ ⬇︎
碁盤の目
京都教会の礼拝堂正面には、京都市内を模した「碁盤の目」のボードに、十字架が据えてあります。
なんで京の町は「碁盤の目」になってますのやろ。
古うは794年、桓武天皇が平安京を造営されたとき、中国・唐の長安を手本にしはったんやそうどす。
「朱雀大路」を南北の軸にして、その両側に碁盤の目のような街路がつくられましたんや。
その後、戦乱や火事で平安京の姿はだいぶ変わってしもたんやそうどすけど、安土桃山の頃、豊臣秀吉さんが町割りを整えはって、今の碁盤の目に近い形になりましたんや。
寂れてしもた都に、地方からぎょうさんのお人に住んでもろて、活気ある京に戻そうとしはったんどすなぁ。
長い長い年月を経て、今の京があるんどす。
ちなみに「朱雀大路」は、今の千本通りやそうどす。
京でいちばん長い通りやさかい、こんな言い回しもありますのえ。
「あの課長、かなんなぁ。千本通りやし。」
――話が長い、いうことどすな。
さて、みなさんのまわりにも、千本通りのお人、おへんか。

なおみ
2026.5
はんなり日々のぬくもり
今年は三月なかば、早うから桜が咲きはじめました。
京では「満開の桜」が過ぎるころ、遅咲きの桜から春の花々、そして新緑へと、ほんまに美しい季節を迎えます。
町じゅうが、はんなりと色づいていきますのえ。
遅咲きの桜ゆうたら、原谷苑や仁和寺の御室(おむろ)の桜がよう知られてます。
御室の桜は背の低い花で、間近で愛でる花と葉桜の取り合わせが、なんとも上品どす。
ちなみに「御室の桜」ゆうて、京にはこんな言い回しもあります。
「いややわ、御室の桜やなんて、そない言わんといておくれやす」
花木が低い、すなわち花(鼻)が低い――
器量のことを指す、ちょっと意地のある言葉どす。
きれいな響きやのに、どこか胸にひっかかる――
そないなところもまた、京ことばの奥ゆかしさかもしれまへんなぁ。

なおみ
「やんわり伝える京のやさしさ」
京都人でない
お方から、よう「腹黒い」と言われる言葉があります。
それが―
「ぶぶ漬けでもどうどす」。
正直、はよ帰ってほしい意味なんどすけど。
「裏にそんな意味があるんやて怖いわ」
そんなふうに受け取られることも少なくありません。
そやけど、ほんまはそうやないのどす。
お客さんが長居を気にされへんように、
「そろそろお時間やろか」と
やんわりお伝えすんのがひとつの気遣いのかたちどす。
「いやいや、
けっこうや。
ほな、これで失礼します」
そうゆうて、気持ちよく帰らはるように、
相手さんの心を立てる、ことばなんどす。
直接的な物言いを避ける、
それは長い歴史のなかで育まれてきた、京のことばの文化。
お人を思うやさしさやと、知ってもろたらうれしおす。
さて、
「ぶぶ漬け」といえば欠かせへんのが、お漬けもん。
京漬物には、
千枚漬、すぐき、しば漬の
三大漬物があります。
豊かな水と野菜に恵まれたこの地で、古くは奈良の昔から、食文化として育まれてきました。
なかでも私は、すぐきが大好物。
そやしほんまのとこ(本心)いいますえ。
「帰らんでよろしおすさかい、ゆっくりすぐきでぶぶ漬けでもどうどす。おいしおすえ。」

なおみ
2026.3