京のひととき

教会案内をご覧になるひとときに、この教会が立つ街にふと吹き抜ける京の風を感じてみませんか。

このページ「京のひととき」では、やわらかな京ことば、四季折々の食やしつらえ、町のあちこちに息づく文化、そして通り名や地名に込められた物語を、ひとつひとつ丁寧にご紹介してまいります。

忙しい日常の中で、少し立ち止まり、心を静めるひとときとなるように。

そして、この京都という地に流れるやさしさや奥深さに、そっと触れていただけたら幸いです。

どうぞ肩の力を抜いて、「京のひととき」をお楽しみください。

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函谷鉾――西洋と中国、そして京の都のものがたり

「コンチキチン、コンチキチン」

前回に引き続き、祇園祭。
今回は「函谷鉾(かんこぼこ)」をご紹介させとくれやす。

「函谷鉾」と書いて「かんこぼこ」やなんて、よう読まれへんわな。

この名の由来は、中国の戦国時代の故事にちなんだものどす。

函谷関(かんこくかん)という関所で、夜は門が閉ざされてしもうたとき、家来が鶏の鳴きまねをすると、ほんまの鶏が鳴いたと思うた門番が門を開け、難を逃れたという「鶏鳴狗盗(けいめいくとう)」の故事どす。

「鶏鳴狗盗」とは、一見つまらんように思える技能や特技でも、時には大きな役に立つ、という意味やそうどす。

そして、函谷鉾の前掛けには、16世紀のベルギー製の貴重なタペストリーが飾られてます。

そこに描かれているのは、旧約聖書『創世記』24章の「イサクの嫁選び」の物語。

アブラハムの老僕が、主人の息子イサクにふさわしい嫁をと願い、旅の途中で出会う娘リベカに水を求めます。

するとリベカは、
「どうぞお飲みください。あなたのラクダにも水を飲ませましょう」
と、惜しみなく水を与えたんどす。

その心優しい姿を見た老僕は、
「この娘こそ、神が選ばれたイサクの嫁に違いない」
と確信する――。

そんな美しい場面が、タペストリーに織り込まれているんどす。

中国の故事を由来とする函谷鉾に、西洋の聖書物語を描いたタペストリー。
そして、それらを受け入れ、祇園祭という華やかな文化の中に息づかせてきた平安京の都。

遠い異国の物語と中国の思想が、ここ京都でひとつになっていると思うと、祇園祭がまた違う趣に見えてきまへんやろか。

ぜひぜひ、来年七月十七日の祇園祭・前祭の山鉾巡行にお越しやす。

函谷鉾を、ぜひご自分の目で見て、確かめとおくれやす

なおみ


祇園祭 後祭(あとまつり

京では、猛暑のなか、
七月十七日に「コンチキチン、コンチキチン」と祇園囃子が夏空に響きわたり、長刀鉾を先頭に前祭(さきまつり)の山鉾巡行が行われました。

河原町四条や河原町御池では、豪快な「辻廻し」が披露され、ほんまに賑やかなことどす。

「見そこのうたわ」
そんなお人も、おいやすやろか。
どうぞ安心しとおくれやす。
七月二十四日には、後祭の山鉾巡行がおますさかい。

こんどは前祭とは反対の巡行路を、烏丸御池を午前九時三十分に出発し、橋弁慶山を先頭に、御池通から河原町通、四条通を西へと進みますのや。
そして、平成二十六年に百五十年ぶりに復興した大船鉾が、巡行の締めくくりを飾ります。 

うちがおすすめするんは
大きな鉾やおへんけど、小ぶりで味わい深い鯉山(こいやま)どす。

鉾山の上には、大きな鯉が龍門の滝を力強う跳ねのぼる姿が飾られてます。
この滝を登りきった鯉は龍になるという中国の伝説があり、「登龍門」という言葉の由来になったそうどす。

その鯉は、名工・左甚五郎が手がけたと伝えられ、いまにも動き出しそうな、生き生きとした姿を見ることができますえ。

「鯉山」は七月二十四日の後祭で巡行します。
いっぺん見にきとおくれやす。

ちなみに、
前祭で長刀鉾の次に巡行したんが、立派な函谷鉾(かんこぼこ)どす。
この鉾の前掛けは、聖書のお話が織られたタペストリーどす。祇園祭と聖書が、なんか関係あんのんかと不思議どすな。 

次回、くわしいお話をさせてもらいます。楽しみに待っとおくれやす。

なおみ


水無月(みなづき)

六月に入るとそわそわするのんは、うちだけやおへんえ。
六月も半ばになると、「水無月」が和菓子屋さんの店先に並びますさかい、うれしゅうなります。

氷に見立てた三角の白い外郎(ういろう)に、大納言小豆がこれでもかいうほどたんとのってます。
あっさりともっちりした食感が口いっぱいに広がって、それはそれはおいしおす。

京では古うから、夏バテにならんよう旧暦の六月一日「氷の節句」に氷を食べる風習があったそうどす。
平安時代、宮中では冬に西賀茂の氷室(ひむろ)に貯蔵した氷を口にしました。
そやけど貴重な氷は庶民にはなかなか届きまへん。
そやさかい、室町時代ごろから氷に見立てた和菓子を食べるようになったんが、水無月の始まりやといわれてます。

それに、小豆には食物繊維やポリフェノール、鉄分などの栄養がぎょうさん含まれてます。

京の夏は、そらもう暑いゆうもんやおへん。
三方を山に囲まれた盆地やさかい、風も弱うて熱がたまりやすう、べったりと蒸し暑いのどす。

栄養満点の小豆を食べて夏バテを防いだんと違いますやろか。
昔のお人はよう知っといやす。
知恵どすなあ。

和菓子屋さんによってちゃいますけど、外郎(ういろう)には白、抹茶、黒糖、栗、よもぎと五種類がありますし、小豆の代わりにうぐいす豆を使うたもんもあります。

これから迎える暑い夏を前に、あなたも水無月を、おうす(抹茶)と一緒にいただいてみまへんか。

なおみ


碁盤の目

京都教会の礼拝堂正面には、京都市内を模した「碁盤の目」のボードに、十字架が据えてあります。

なんで京の町は「碁盤の目」になってますのやろ。

古うは794年、桓武天皇が平安京を造営されたとき、中国・唐の長安を手本にしはったんやそうどす。
「朱雀大路」を南北の軸にして、その両側に碁盤の目のような街路がつくられましたんや。

その後、戦乱や火事で平安京の姿はだいぶ変わってしもたんやそうどすけど、安土桃山の頃、豊臣秀吉さんが町割りを整えはって、今の碁盤の目に近い形になりましたんや。

寂れてしもた都に、地方からぎょうさんのお人に住んでもろて、活気ある京に戻そうとしはったんどすなぁ。
長い長い年月を経て、今の京があるんどす。

ちなみに「朱雀大路」は、今の千本通りやそうどす。
京でいちばん長い通りやさかい、こんな言い回しもありますのえ。

「あの課長、かなんなぁ。千本通りやし。」

――話が長い、いうことどすな。

さて、みなさんのまわりにも、千本通りのお人、おへんか。

なおみ

2026.5


はんなり日々のぬくもり

今年は三月なかば、早うから桜が咲きはじめました。
京では「満開の桜」が過ぎるころ、遅咲きの桜から春の花々、そして新緑へと、ほんまに美しい季節を迎えます。
町じゅうが、はんなりと色づいていきますのえ。

遅咲きの桜ゆうたら、原谷苑や仁和寺の御室(おむろ)の桜がよう知られてます。
御室の桜は背の低い花で、間近で愛でる花と葉桜の取り合わせが、なんとも上品どす。

ちなみに「御室の桜」ゆうて、京にはこんな言い回しもあります。
「いややわ、御室の桜やなんて、そない言わんといておくれやす」

花木が低い、すなわち花(鼻)が低い――
器量のことを指す、ちょっと意地のある言葉どす。

きれいな響きやのに、どこか胸にひっかかる――
そないなところもまた、京ことばの奥ゆかしさかもしれまへんなぁ。

なおみ


やんわり伝える京のやさしさ

京都人でない
お方から、よう「腹黒い」と言われる言葉があります。
それが―
「ぶぶ漬けでもどうどす」。

正直、はよ帰ってほしい意味なんどすけど。

「裏にそんな意味があるんやて怖いわ」
そんなふうに受け取られることも少なくありません。

そやけど、ほんまはそうやないのどす。

お客さんが長居を気にされへんように、
「そろそろお時間やろか」と
やんわりお伝えすんのがひとつの気遣いのかたちどす。

「いやいや、
けっこうや。
ほな、これで失礼します」
そうゆうて、気持ちよく帰らはるように、
相手さんの心を立てる、ことばなんどす。

直接的な物言いを避ける、
それは長い歴史のなかで育まれてきた、京のことばの文化。

お人を思うやさしさやと、知ってもろたらうれしおす。

さて、
「ぶぶ漬け」といえば欠かせへんのが、お漬けもん。
京漬物には、
千枚漬、すぐき、しば漬の
三大漬物があります。
豊かな水と野菜に恵まれたこの地で、古くは奈良の昔から、食文化として育まれてきました。

なかでも私は、すぐきが大好物。
そやしほんまのとこ(本心)いいますえ。
「帰らんでよろしおすさかい、ゆっくりすぐきでぶぶ漬けでもどうどす。おいしおすえ。」

なおみ

2026.3

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